『バイリンガル・バイカルチュラルろう教育』をお勧めします

全国ろう児をもつ親の会

 

 皆さん、バイリンガル・バイカルチュラルろう教育をご存じですか。これは、聞こえない子ども達を二つの言語と二つの文化で育てる教育です。

  二つの言語:
    1)聞こえない人達の言語である手話言語 → 日本手話
    2)聞こえる人達の言語である日本語 → 特に書き言葉
  二つの文化:
    1)聞こえない人達の文化 → ろう者の文化
    2)聞こえる人達の文化  → 聴者の文化

なぜ二言語・二文化なのか? 
例えば
 日本人のAさんは家族と一緒にアメリカに住んでいます。Aさんは家の中では母語である日本語を話し、外では人々に通じる英語を話します。自分の家では靴を脱ぎ、よその家では靴を履いたままで部屋に入ります。前者が日本での生活上のルール(これを日本文化といいます)であり、後者がアメリカでのルール(アメリカ文化)であることはおわかりいただけると思います。Aさんにとって日本語は無くてはならない言語です。外出から帰った時には玄関で靴を脱がないとリラックスできません。
 これまでの日本のろう教育は約80年間ずっと口話法や聴覚口話法中心に進められてきました。口話法や聴覚口話法は一言語・文化を推し進めるために、「日本語」と「聴者の文化」だけを基本とした教育方法なのです。Aさんの話で言えば、得意な日本語を禁止されて不得意な英語しか使えないということです。家に帰っても靴を脱いではいけないということです。それと同じようなことをしてきた口話法は、聞こえない子供達を社会で認められる一言語・一文化の大人達へと育て上げてきたのでしょうか? その教育目標は全体として達成されていると言えるのでしょうか??
 バイリンガル・バイカルチュラルろう教育では、聞こえない子も聞こえる子と同じように、赤ちゃんの時から自然に無理なくそして確実に言語を習得していくことが大切だと考えます。聞こえない子がそのようにして習得できる言語は音声言語(話し言葉)ではありません。それとは別の言語である手話言語なのです。
 聞こえない両親のもとに生まれて手話言語を母語として育つろう児は、年齢相応の言語力で親とコミュニケーションをします。聞こえる子供が音声言語を習得するのと同じプロセスで手話言語を習得するのです。聞こえない仲間と一緒に育てばコミュニケーション能力も社会性も発達します。学力をつけるためには手話言語で教育すればいいのです。世界的に、そういうことが言語学・発達心理学・言語社会学・聾教育学などの分野の研究によって明らかにされています。
 「でも手話言語を知らない聞こえる親はどうしたらいいの?」とお考えでしょう。大丈夫です。手話言語を母語とする大人に、なるべく早くからお子さんと接してもらうのです。聞こえない子どもは手話言語ならよくわかり、どんどん吸収して自分のものにしていきます。100パーセント通じ合うやり取りを見ながら、親も共に手話言語を学び、ろう者の文化を学ぶことができます。子育てが楽しくなります。この教育法をすでに実践している聞こえる親御さん達は「ちょうど外国語を学び、その国の文化を知るときと同じね。新しい発見があっておもしろい!」と言います。

 もちろんお子さんには日本語も必要です。日本語を習得するためには、聞き取りにくい話し言葉よりも目で見てわかる書き言葉(書記日本語)を優先します。このとき第一言語である日本手話の基礎をきちんと獲得していることが重要です。それができていれば、書記日本語は第二言語として比較的容易に習得できます。声を出さなくても黙ったままで読み書きができるようになるのです。外国では実際にそういう子ども達が育っています。話せなければ読み書きはできないと考えるのは聴者であるがゆえの先入観です。
 この教育法は聴覚を活用し音声で話すことを否定していません。それについては本人の聴力や適性や希望に応じて教科として選択できるようにします。聴覚口話法のように、苦手な音声言語の習得を最優先して子どもの貴重な時間とエネルギーのほとんどをそのために費やすようなことはしません。そうやって一生懸命努力をしても7~8割の子供達はうまくいかないことが経験的にわかっているからです。彼らはこれまで、わざわざ遠回りをさせられ挫折感や劣等感を味わわされ、その上でやっと手話にたどりついていました。そして「これこそ自分の言語だ」と実感したと言います。しかしそれでは遅すぎるのです。中学生や高校生になってから勉強する手話は、小さい時から習い覚えた手話言語のように母語になることはできないからです。
 バイリンガル・バイカルチュラルろう教育は1980年代から北欧や北アメリカで実践され、世界のろう教育関係者から注目されてきました。アジアでも採用する国が増えています。しかし日本はその点で遅れていて、この教育法を実践している所は、私達が把握しているところではフリースクール「龍の子学園」(現在は、学校法人明晴学園※)です。ここで育っている子ども達を見れば、この教育法のすばらしさがわかります。
 お子さんのためにバイリンガル・バイカルチュラルろう教育を学んでみませんか。病院のABR・AABRで反応がなかったお子さん、また医師から人工内耳を勧められているお子さん、手術を決める前にこの教育実践をご覧になりませんか。そして日本のろう学校でもこの教育法が採用されて、親が教育を選べるようにするにはどうしたらいいか、ご一緒に考えていきせんか。

※2008年、特区研究開発学校(手話と日本語のバイリンガルろう教育)として明晴学園は学校法人として誕生しました。